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   2006年   槍ケ岳〜奥穂高岳〜前穂高岳 (紀行文)


8月1日
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長引く梅雨で計画を2度順延して,やっと昨日に長野県地方は梅雨明け宣言と聞き,逸る気持ちの参加者5名が大阪中央郵便局前をAM7.00に乗用車で出発する。起点となる上高地にはPM1.00に着く。さすが,夏の涼しい避暑地に魅せられて待ち望んだ大勢の観光客や登山者が訪れ,大変な賑わいである。此処は休むことなく上高地のシンボル<河童橋>を左に見て,槍ヶ岳の南斜面に源を発して悠々と流れる梓川に沿い,カラマツ越しに神々しい穂高連峰が見える左岸を行く。小梨平キャンプ場を抜け,清流梓川とも一時離れて緩やかな上り下りの散策道を1時間ほど歩けば,開けた明神分岐にある明神館に着く。分岐を左に取り,川に架かる吊橋を渡るとそこは穂高神社の神域となり,神秘的で四季折々の風情が楽しめる人気スポットの明神池がある。一息入れると奥上高地自然探勝路を辿り,徳沢から今日の宿泊地<横尾山荘>を目指す。都会の喧騒を離れ,木々の緑と抜けるように青い空,清く輝く水の美しさに癒され心が弾む。左に明神岳の天を突く岩峰を眺め,前穂の北尾根八峰を仰ぎ見るころには徳沢に着く。迫力ある雄姿に“嗚呼憧れの北アルプスだ”と久々の再訪に思いが募り,胸が躍る。広々として明るいキャンプ場や井上靖徳澤園にて記念写真の名作『氷壁』で知られる徳沢園がある。初心者に人気の蝶ケ岳から常念岳に至る分岐でもある。徳沢辺りまで足を伸ばし,奥上高地の自然を満喫する家族連れや仲間たち,また槍ヶ岳や涸沢から下山する登山者が行き交う。樹林で木漏れ日を浴びザレ場で足を取られながら,さらに梓川を遡り横尾谷の視界が広がるところまで来れば,横尾山荘はもうすぐだ。横尾は上高地,槍沢,涸沢,蝶ケ岳への分岐でキャンプ場もあり,多くの登山者で賑わう所だ。今日は上高地から3時間ほどの歩きで身体を山に馴染ませるのに丁度良い。山荘に着くと早々に登山者に人気の檜風呂で疲れをとり,明日の槍ケ岳登山に備え,早めに寝入る。

8月2日()

山の行動は早立ち早着きが原則と心得、日の出まえAM4.50に山荘を出発して,梓川左岸のまだ薄暗い亜高山帯の狭い登山道を行く。横尾山荘から槍ケ岳まで11.5km,高度差1500mを約6時間かけての登山である。所々で,背丈ほどあろうか異様に人目を引くオオウバユリが緑白色の花をつけ,芳香を放つ。左手にはクライマーが挑む国内最大級の岩場「屏風岩」が,横尾谷を挟んで垂直に切り立ち,梓川に覆い被さらんばかりの迫力である。一ノ俣の橋に指しかかる頃には樹間に朝陽射し,槍見河原から微かに槍ケ岳の尖頭が見える。横尾山荘からほぼ一時間経過,快調なペースで二ノ俣を通過して額に汗かき始めるころ,ソバナやホタルブクロ,クルマユリ,イチヤクソウなど美しい高山植物に心が和み癒される。休憩中,岩陰から顔を出すイタチ科の小動物「ホンドオコジョ」を発見する。滅多に見ることがない山の妖精で“出逢うと幸せになる”と言われ,長野県の天然記念物に指定されている。胴長短足で可愛いが気性は荒いと聞く。オコジョの歓迎を受けて気分良く槍澤ロッジを通過して,可憐な白い花のカラマツソウに目を奪われながら進むと「槍入り口」の道標がかかる赤沢岩小屋に着く。水補給と衣装調整して此処から始まる本格的な登りに備えるため,多くの登山者が一息入れる所である。また槍沢キャンプ場があり,ここで幕営する登山者も多くカラフルなテントの傍らに,偉丈夫な山男が大きなザックを持ち,出発の身支度中である。

槍沢

槍沢の谷筋に付かず離れずザレ場や低木帯の中を登り,やがて背に強い陽射しを受けるころ,水俣乗越への分岐となる槍沢大曲りだ。左に大きく回りこむと氷河地形特有の雄大なU字谷の視界が広がる。東鎌尾根の岩稜,正面には乗越沢の雪渓越えに大喰岳・中岳など,天に向かって屹立した険しい岩稜が望め,感動的な景観に気持ちが昂る。今年の豪雪で夏の槍沢にも,至る所で目映くキラキラ光る残雪が見られ,樹林帯の緑との際立つコントラストが素晴らしい。下界との季節のギャップが想像を越えた幻想の世界を歩く気分で最高。時に残雪を踏みしめる登りは吹き上がる涼しい風に,汗ばむ身体を任せて心地よさを味わう。横尾山荘を出発して3時間経過,まずは順調な登りで天狗原分岐に着く。左折すれば天狗池があり,池に映りこむ逆さ槍ヶ岳はビユーポイントとして知られ,よく写真集に収められている。数組のパーテイー槍沢を登るが雪渓をトラバースして氷河公園から南岳,穂高岳や中岳方面に向かう。既に高度は2300mを越え,ぐんぐん高度を上げる厳しい登りが始まる。ここはギャーチエンジしてゆっくりしたペースを保持し,疲労を抑えた歩きで着実に高度を稼ぐことにする。ゆっくり自然と対話しながら登って行く。勾配も増し,ガレたモレーンの槍沢をジグザグに詰めて行く急登は,体力・テクニック・忍耐力などを厳しく試される。やがて幅広い雪渓をトラバースするとモレーン台地のハイマツ帯となり,正面に槍ヶ岳の雄姿が突如目に顕つ。真下から見上げる天空突く槍ケ岳の威風辺りを払うさまに息を飲み,一瞬立ち竦む。デジカメを取り出し,夢中でシャッターを切ったのは暫くしてからだった。

槍沢の登り

グリーンバンドを過ぎ少し傾斜が緩むころ,1828年(文政11)に槍ケ岳初登攀し,開山の悲願を成し遂げた念仏行者『播隆』が53日間篭り,念仏を唱えた坊主岩小屋に着く。鋭い三角錐の頂に,清浄静寂な極楽浄土への道を発見したに他ならないとされる。先人の苦労もあり,槍ケ岳は近代登山の対象として,今や日本のマッターホルンと崇められている。暫らくは,ガラガラの岩礫の続く登山道をシナノキンバイ,ハクサンイチゲ,イワツメグサなど高山植物を愛でながら行くと殺生分岐に着く。分岐からは反り返らんばかりの急勾配をジグザグに急登する。山頂は頭上に迫るがなかなか近づかず,遠ざかるような錯覚にすら落ち入る。砂礫の道に息が切れ,顎を出す,足が重く思うにまかせない。ここは焦らず,適宜休憩を入れ,最後のパワーを出し登り詰めると,稜線に建つ標高3080mの槍ケ岳山荘に着く。ガイド通り,横尾山荘より約6時間かけての厳しい登高であった。山荘前は十字路で繋がる各鎌尾根や沢ルートを辿って登って来た大勢の登山者で賑わう。早々に頂上アタックを目指し,ザックをデポして空身で約1時間でピストンする。岩塔の登山道は上下ルートに区分され,要所に鉄ハシゴ・鎖・鉄杭が設置され安心だが,岩登りの基本テクニックをマスターしておくことが必須な条件である。山頂直下の長い垂直なハシゴを登れば,日本第5位3180mの高峰,北アルプスの象徴であり憧れの槍の穂先に立つ。
殺生小屋への分岐この達成感,興奮覚やらぬ感動,熱く胸に迫る。四周は絶壁で鋭く切れ落ち,やっと20人ほどが立てる頂上は,正に雲上の展望台と言える。穂高連峰,立山,薬師,常念,燕,白馬,白山,八ヶ岳,富士山と360度の大遠望が広がり,眺望を満喫し堪能できるのも,登頂者のみが授かる自然界からの最高のプレゼント。至福を心行くまで味わい,幡隆が建立した祠に登頂の無事をお参りして慎重に山荘まで下る。
アルプス縦走登山は,槍ケ岳から穂高岳までの岩稜コースを行く。この2つの名峰をつなぐ岩尾根には,日本にある3000m峰21座のうち8座が含まれ,国内屈指,難所の縦走コースとして紹介されている。今日は槍ケ岳から南岳まで約3時間の雲上の稜線歩き,4座の頂上を極めて,稜線の宿泊地槍ヶ岳の穂先<南岳小屋>を目指す。
PM0.30槍ケ岳山荘前のテラスを出発して,尾根にしがみつくテント場の横を通り,ジグザグ道を浮石に注意しながら下ると,槍平から新穂高温泉に繋がる分岐の飛騨乗越に着く。標高3020
mにある飛騨乗越は日本最高所の峠と言われている。2年前に台風で荒れる強風のなか,乗越からジグザグを切って槍平への道を下山し,新穂高温泉に浸かり帰阪した記憶が頭を過る。花序豊かで立姿が美しい鮮やかな紅紫色のヨツバシオガマの群生に目を奪われ,また近くの岩場から聞こえるイワヒバリの声量ある鳴き声に耳を傾けながら,飛騨側を捲き縦走路を外して登り詰めると大喰岳(3101m)の頂上だ。北アルプスは急峻な山容が多い中,大喰岳はなだらかで平坦な山頂にケルンが多い。「午後になると天気は不安定になる」のが山の常識とばかり,信州側から湧くガスで視界がきかなくなり,已む無くペンキマークの縦走路に戻り,稜線を南下する。岩礫帯に咲く珍しいミネウスユキソウやイワベンケイなどに目を落としながら,緩やかなアップダウンを繰り返すと雪渓が稜線近くまで迫る中岳との広い鞍部に着く。勢いつけて飛騨側の稜線を登り,さらに信州側に戻り返して岩場にかかる2段のハシゴを登れば,指導標がある中岳(3084m)の頂上である。相変わらず信州側はガスが切れず,眺望が無いので早々に出発。大きな岩の重なる南斜面を慎重に下り始めた頃,採食する雷鳥の親子3匹に出くわす。雷が鳴るような空模様で,活発に活動することが名前の由来と聞く。

槍ヶ岳穂先を登る 槍ヶ岳頂上で記念写真 南岳に向かう稜線

氷河期の遺存種で2500m以上の高山地帯に生息する孤高の鳥,絶滅危惧U類に指定されている。事前情報で南岳に至るハイマツ稜線上に営巣しており,天敵を避けガスが漂い始めると餌を探して,親子で表われる事を確認していたので,周りに目を配りチャンスを期待していた通り,運よく出会いカメラに収める。気分良く,急な岩礫帯を一気に下ると大きな雪渓に水場があり,あとは緩いアップダウンを繰り返し,ザレ石が敷き詰められた高度3000mの稜線歩きが続く。稜線に立つ雲表の世界は岳人の憧れであり,最高の気分にさせてくれ欣喜雀躍する。アルプスを渡る風のなか,気温10℃の夏山を贅沢に楽しむ。2986mの中間点で一息入れ,快適な雲上の稜線を塞ぐ正面の岩場をト南岳に向かう南岳に向かうラバースする。左に天狗原から槍沢へ下る稜線と分かれ,大きく南に曲がりザレた緩い登りで南岳(3032m)に出る。なだらかな頂上には視界無く,目指す大キレットや穂高の荒々しい岩壁はガスの奥に潜んで,その雄姿は望む可くもない。早々に緩い砂礫の斜面を慎重に下り,15分で今日の宿泊地<南岳小屋>に着く。今日は実に11時間を要する縦走登山で,体力の消耗もあり疲れも残る。明日の国内第一線級の急峻な岩稜に挑む縦走に備え,早めに寝入る。

8月3日()

南岳小屋でのご来光AM4.45南岳小屋の気温10.3℃と少々肌寒いが清々しい朝を迎え,日の出前に出発する。小高い稜線から常念岳の左肩に神々しい御来迎を拝したのは,その10分後だった。安曇野から眺める美しい三角形の常念岳は,特に芸術家に人気だが,此方の景観も負けず劣らず素晴らしい。朝日に輝くなだらかな稜線は陽光を浴び,雲上遥か遠くに富士山や八ヶ岳,そして御嶽山の朝望は極めて良好,足取りは軽い。昨日は振り返ることも出来なかった笠ケ岳から西鎌尾根,槍ケ岳そして常念山脈の峰々が,朝の斜光を浴び眩しく輝く。今回の槍ケ岳から穂高縦走登山の核心部である大キレット越えは,緊張の中にも期待が膨らむスタートとなった。ここは気持ちを切り換え集中して,岩場のザレた道を飛騨側に捲き,急降下して300mの落差あ大キレットを縦走る鞍部までの下りに入る。ルンゼ状の岩場は急傾斜でザラつき滑りやすく,スラブの岩場の下りはテクニックが求められる。後ろ向きの姿勢で3点確保,足場を探して降りる。時にはクサリの助けもかり,落石やスリップに注意して,横尾谷と滝谷に大きく切れ落ちて痩せた岩稜を慎重に下る。正面には最低コル越しに,北穂高岳が峻険な大キレットを従え,威嚇し登攀を拒むかの如く立ちはだかる。岩峰はコルに覆い被り,今にも落ちてきそうな雄姿にたじろぎ立ち竦む。 此処は怯む事無く,岩場のコースサインを辿り,垂直に架かる2本の鉄ハシゴを下りる。暫くは緩くなった岩稜を下っていくと大キレットの最低コル(2748m)に降りる。まずは,緊張する落差300mの急降下も1時間で通過,ザックを置き給水して気を静め整える大キレットを縦走。大キレットは南岳と北穂高岳の間にあり,V字状に鋭く300m以上の落差をもって,激しく切れ落ちた岩稜帯である。この縦走ルートは,痩せた岩稜が連続し「長谷川ピーク」や「飛騨泣き」で知られる難所があり,垂直に架かる長い鉄ハシゴや峻谷に向かって延びる鎖,浮石だらけの不安定な足元など悪場が多く,転・滑落事故が絶えない。八峰キレット,不帰キレットそして大キレットが日本三大キレットと称されるが,そのスケールと難易度で最も高いコースとして紹介されている。気持ちが入り落ち着いたところで,北穂高岳への登り返しは飛騨側に入り,緩いアップダウンの岩稜ルートを辿ることから始まる。飛騨側大きく切れ落ち稜線は流石に高度感があり,その凄さに圧倒されながらジグザグな登りが暫く続くと,信州側から岩峰聳える「長谷川ピーク」への急登になる。岩稜ルートの激しい登りも順調にクリア大キレットを縦走ーして,核心部で露出度の高いナイフリッジの稜線を,太いクサリやステップを伝って再び飛騨側に乗越す。正面真下から見上げる,北穂高岳の険しい北壁や垂直に荒々しく落ち込む滝谷の岩壁には,凄みがありダイナミックなその迫力・高度感に圧倒され,感激して息を飲む。まさに北アルプスの深奥峻険なるが故に岳人は憧れ,挑み,虜になるところと言えよう。

大キレットを縦走 北穂高岳のヒュッテにて記念写真 北穂高岳の頂上にて記念写真

難所の「長谷川ピーク」を通過して,ナイフリッジの連続する下りから解放され,A沢コルで気分良く一息入れる。皆さん,心なし安堵して笑顔が戻り会話が弾む。晴天に恵まれ,持てる体力,テクニックや経験を駆使して,岩場を登り下りする岩稜縦走の魅力,適度のスリルを十二分に楽しみ味わう。A沢コルから北穂高岳までは,岩場や滑り易い砂礫場をジグザグに登り返しながらの急登になる。急登の掛かりは信州側,しばらくして縦走道が飛騨側に回りこむと,最大の難所「飛騨泣き」である。由来のほどは定かで無いが,泣きたいほどの悪場から付けられたと思えるほど,岩壁の尖頭まで足場の悪いルンゼを,ホールドとスタンスを確り選んで登り詰める。さらに信州側に戻り,大きい岩盤を太いクサリを掴みながら,鉄のステップを伝いトラバースする。足下は,滝谷や横尾谷に数百mも垂直な壁をなして切れ落ちるさまに,緊張が走り,目が眩む。慎重な岩稜縦走を心掛け,またスリップや落石には殊のほか注意を払い通過する。無事に難所を通過イワヒゲすれば,岩場や浮石の多いガレ場となり,クサリを伝って最後の登りが続く。此処から見上げる北穂高岳は首が痛くなるほど反り上がる高さにある。眼前に広がる日本三大岩壁の一つ,滝谷の断崖絶壁をこの目に焼き付けておこうと滝谷展望台で休憩を入れる。「鳥も通わぬ滝谷」と言われ,人も鳥も寄せつけない険しい岩稜の世界に,クライマーは好んで登攀挑戦する。妄想か・・・淡く覆う霧の奥から,クライマーのコールが風に乗って聞こえて来そうな,幽玄滝谷のさまざまな表情に魅せられ,しばし時を忘れる。名残惜しい大キレットの岩稜帯で寛ぎ,生気を取り戻したところで出発する。岩隙に咲く鐘形の白い可憐なイワヒゲの花を愛でながら,最後の頑張りで山頂に建つ,標高3100mの北穂高小屋にはAM8.30に到着する。テラスからのアルペン気分漂うロケーションは,北アルプス最高の眺めと評判の山小屋で,特に大キレット越しの槍ケ岳の景観は素晴らしく,多くの登山者に愛され親しまれている。3人が水彩スケッチしている隣で,遠望の槍ケ岳をバックに記念写真を撮り,思い出に収める。心行くまで眺望を楽しみ,北穂岳山頂から涸沢岳を辿り,今日の宿泊地<穂高岳山荘>を目指す。小屋の軒を抜け石段を上がると,開けた北穂高岳(3106m)の頂上である。

涸沢岳の下り
大キレットと槍ケ岳遠望大パノラマの遠望は,筆舌に尽くせない絶景に深く感動する。ランドマークの役割を担う主峰の槍ケ岳や笠ケ岳の山容,裏銀座と表銀座の山並み,常念岳の三角形,前穂高の北尾根八峰とそれぞれが特徴ある山相を持ち,興趣も味わえる。頂上では10数人の登山者で賑わう中,ガレ場を南下する縦走路に戻り,痩せた岩稜を辿り涸沢岳に向かう。信州側を捲きながら,2つコブを越えれば飛騨側に入る。滝谷上部の厳しい岩場をトラバースして,落石に注意しながら最低コルに下りる。時に痩せた稜線やバンドでは奥穂高岳からの登山者と行き交い,譲り合う時間ロスもあるが,気持ち良くねぎらいの挨拶を交わす。信州側には明るく開けた涸沢カールが広がる。氷河圏谷を成し,夏は雪渓と高山植物,またカラフルなテントが咲き,秋には紅葉が見事な雲上の楽園は,多くの登山者や行楽客で賑わう。再度,信州側に出てガレたジグザグの登りになり,落ちつかない岩が多くて足場は良くない。浮石や落石に注意しながら涸沢槍を過ぎれば,最後の登りはオーバーハング気味でチムニー状のクサリ場になっている。岩登りのテクニックは要るが,見た目ほどの恐怖感・高度感はない。パワーを出して一気に登り詰めると,岩屑多く広い涸沢岳(3110m)の頂上に立つ。正面には穂高連峰の盟主<奥穂高岳>の気高い岩峰が,聳え立つ景観に圧倒される。
寛いだところで,ガラガラの斜面を15分ほど南下して,白出のコルに建つ穂高岳
山荘にAM12.00に着く。石畳のテラスはアルペンムードに包まれ,テーブルを囲み談笑して,賑やかな雰囲気を醸す。アーベントロートの笠ケ岳は,落日に真赤に燃え,神々しい世界を繰り広げる。高山で見る夕照の素晴らしい眺めに言葉を失う。今日は6時間掛けての岩稜縦走で,緊張が続き幾分疲れも残る。明日の北アルプス最高峰,穂高の盟主である奥穂高岳の登山に備え,早めに寝入る。
穂高山荘テラスから奥穂高岳の眺め 穂高山荘テラスから奥穂高岳の眺め 大キレットと槍ケ岳遠望

8月4日(金)

AM4.55山荘前の広いテラスには,御来迎を見ようと多数の登山者が常念山脈の方向を,固唾を呑んで眺めている。早々に出発して,山荘横の奥穂高岳登り口に取り付き,いきなり急勾配の岩場を鉄ハシゴやクサリで登り始める。やがて明るい岩尾根になり,稜線を右に捲き高みに掛かるころ,モルゲンロートに染まるジャンダルムは黄金色の輝きを見せる。岩の重なる岩峰は一層迫力を増し,周りを威圧して堂々と聳え立つ。一歩一歩を刻みながら高度を上げ,稜線を涸沢側に回り込み,陽射しを強く感じる頃に,日本第3位の標高を持つ奥穂高岳(3190m)の頂上に立つ。人里遠く離れ,奥深い山域に鎮座する穂高の険しい岩峰や岩壁には,岳人の情熱を掻き立てる魔物が潜むのか・・・。再度,憧れの奥穂高岳に親しい山仲間と登頂することが出来た喜びに,感激して胸がふさがる。祠と展望指示盤がある

奥穂高岳の頂上 奥穂高岳頂上にて記念写真

頂上は狭いが,最高峰から俯瞰での眺めは,究極の大展望と言える。岳沢側は樹林を蛇行して流れる清流梓川を挟み,手前右に焼岳,左に霞沢岳,正面に乗鞍岳,後方には御嶽山のなだらかな山容が望める。まだ朝早い遠景は,雲海に浮かぶ槍ケ岳,笠ケ岳,黒部五郎,薬師,鹿島槍,燕,大天井などの重畳たる山の連なり,神秘的な墨絵の趣が深い光景が広がる。

今日は,後一つ残る3000m峰の前穂高岳を登頂してから,重太郎新道を辿り,岳沢経由して上高地までの高度差1600mを一気に駆け下りる。眺望を満喫したところで,吊尾根の岩稜を通り前穂高岳に向かう。平坦な稜線歩きは南稜ノ頭を過ぎると,30mほどのクサリを伝い急降下するが,概ね日陰になる岳沢側を捲く下りが続く。道筋にハクサンイチゲ,モミジカラマツなどのお花が咲き,単調な下りのアクセントになり,愛でながら行く。谷筋に切れ落ちた箇所やハイマツ帯のザレた道を慎重に辿り,幾つかの小尾根を越えると小広いテラスの紀美子平の分岐に着く。地名の由来は,重太郎新道を開いた故今田重太郎と奥さんが,幼い愛娘の紀美子さんをこのテラスに寝かせて開拓に当たられたが,若くして亡くなられた紀美子さんを,偲んで名付けたと言う。前穂高岳の頂上アタックを目指し,

奥穂高岳から乗鞍岳と御嶽山遠望 奥穂高岳の眺め 前穂高岳頂上からの眺め

ザックをデポして空身で,約一時間でピストンする。急登するガレた岩場は,浮石が多いので落石に注意しながら登り詰めると,前穂高岳(3090m)のケルンの多い広いピークに立つ。見事なパノラマ展望が開け,美しい北アルプスの絶景を楽しむが,見納めとなると感情が揺れて立ち去り難い。せめて心覚えに,日本で2番目の高所にある一等三角点にタッチしておく。紀美子平の分岐に戻り,岳沢への下りは滑り易い一枚岩に取り付けた,長いクサリを伝い急降下することから始まる。重太郎新道は穂高岳最短コースとして紹介されているが,烏帽子岳のブナタテ尾根や中房温泉から燕岳への登りと共に,北アルプス三大急登としても有名である。従い,ハシゴやクサリを多用しての厳しい登りが伴い,強いられる。さらに岩場を下り,奥明神沢側につけられたクサリ場を過ぎると,雷鳥広場から俯瞰で眺める上高地が眼下に広がる。樹林の緑に点在するホテルの赤い屋根,うねって縫う梓川の白砂と清流,大正池の青い色が鮮やかに映り,目を奪う。

周りの植生もハイマツ帯から,ダケカンバや低木を交えた亜高山帯の木々に変わり,展望が遮られるようになるが,お花畑が長い下りの疲れを忘れさせてくれる。岳沢パノラマで緊張を解し息を整えたところで,ダケカンバ林の尾根道に入り,スラブ状の岩にかかる2段ハシゴの大下りで一気に,カモシカの立場に着く。岳沢からの登山者と行き交うが,一様に喘ぎながらの登り,つい「頑張って!」と声を掛ける。更にジグザグを切って潅木帯を急降下,滑る砂礫道を慎重に下り,お花畑を抜け草いきれの暑さにうんざりするころ,ガレた河原に出る。ガレた岳沢の残雪を踏みしめ,暫く行くと「前穂登山口」の指導標があり,岳沢ヒュッテに着く。今年の積雪で小屋が倒壊,更に社長の死去高山植物(お花)穂高連峰と度重なる不幸で,営業中止を余儀なくされている。穂高岳への登山基地であり,山懐に咲く高山植物や紅葉を求めて,ハイカーが訪ねる山宿であり,早い時点の復興が待たれる。奥穂高岳を出発して4.5時間,高度差1000mを直降下する足場が悪い下山であった。潅木帯を抜け,ゴロゴロ石の河原を急場凌ぎのリボンに頼って,足元を注意しながら横切ると岳沢左岸の針葉樹林帯の登山道に入る。

急坂が続き高度を下げるころ,周囲は高木が多くなり陽光に乏しく,林床は薄暗いひんやりとした感じになる。やがて傾斜も緩くなり爽やかな気分で,樹林帯の林道を下る。森林浴をしながら下る道筋には,マイズルソウ,ツリフネソウ,センジュガンビやタマガワホトトギスなどのあまり見かけない可憐な高山植物が目に入り,カメラに収める。散策気分で下る途中に岳沢名物<風穴>があり,重なる岩の隙間から冷たい風が吹き出す。夏山登山で熱った身体を冷やすのに,格好の天然クーラーである。珍しさもあり,ザックを置き身体を冷やして寛ぐ。静かな樹林の逍遥もリラックスでき楽しい。暫く行くと遊歩道になり,梓川支流を幾度と木橋で渡り返すと化粧柳の向うに,W・ウエストンも「日本で一番雄大な眺望の一つ」と絶賛した穂高連峰を望む上高地に着く。河童橋の周辺は観光客や登山者で相変わらず大変な賑わいである。上高地バスターミナルからバスに乗り,沢渡で下車して温泉「木漏れ日の湯」に浸かり,すっかり疲れを取り,爽やかな気分で帰路に就く。晴天に恵まれ,リーダーや仲間に恵まれた槍ケ岳から穂高岳の縦走登山は,岩と展望さらにスリルを味わう,感動する楽しい4日間であった。
                                    (M 記)

(時間記録)
<8月1日>大阪中央郵便局7.00(車)〜沢渡バスT12
:10(バス)〜上高地バスT12:40→上高地13:00→明14:00→横尾山荘16:00
<8月2日>山荘4:50→岩小屋6:45→坊主岩屋9:30→槍ケ岳山荘10:55→槍ケ岳11:30→大喰岳13:05→中岳14:00→南岳15:40→南岳小屋15:55
<8月3日>小屋4:50→最低鞍部6:10→長谷川ピーク6:40→飛騨泣き7:30→北穂小屋8:30〜9:05→北穂高岳9:10→涸沢岳11:35→穂高岳山荘12:00
<8月4日>山荘4:55→奥穂高岳5:35→紀美子平7:10→前穂高岳7:35→岳沢ヒュッテ10:25→河童橋12:20→上高地バスT12:45(バス)〜沢渡バスT13:15〜15:00(車)〜大阪20:30

◎(参加者)Y,I,T,H,M   (計5名)