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記 事  区切り2.第38番金剛福寺〜第53番円明寺 歩き遍路を終えて


  {総括}       *第38番金剛福寺〜第53番円明寺までの16ヶ寺を巡拝
             *歩いた遍路道の総距離合計:349.3km/8日(実質:7.5日)(平均46.6km/日)
             *今回の歩き遍路で思い出に残る出来事が多々あった。詳細は下記通りです。

(1)計画
*今回で歩き遍路15巡目となる。今回のテーマ(目標)は大先達を目指す最終の歩き遍路となる。14年の歳月を掛け遍路修行した遍路道を無心になり,時に感慨深く意識してひたすら歩く。辿り着く札所で「充実した心の旅」に感謝し,満ち足りた気持ちでお参りする。

*今回の第2回区切り(2014年10月)は,第38番金剛福寺〜第53番円明寺までとする。
過去14巡のデーターを元に計画を立てる。慎重に検討を重ねノウハウの全てを織り込み,幾度と計画を練り直す。私の好む「Plan Do See」の始り楽しい時でもある。それでも万全とは言えない。厳しい局面での対応は予め考えておく。
*16ヶ寺を8日で巡拝する計画を立てる。修行とは厳しいものとの考えが強くある。私の持てる能力全てを注ぎ,立案した計画を実行することに全力集中する
*10月となると日照時間が短いこともあり歩く距離は,40〜50km余/日で計画する。一日に10〜12時間,休むことなく歩くことは容易では無い。
*宿の手配は出発一週間前の10月12日に全て予約済み。従来のスタイルと何ら変わらない。

 <付記>
私の計画の根幹を成すのに「心身の修行」がある。プレッシャーに怯まず,自分と闘い鍛えて行く。ならば開けると信じて挑む。歩き遍路して14巡結願。過去に88ヶ寺を20日で歩き通したのも此処にある。人はゆっくり四国遍路を楽しんではと言う。私も2巡目まではそのように考え,すべてに感謝して巡拝した。しかし,自分を見つめ,巡拝で生きる喜び・幸せの有難さを知るにつけ,歩き遍路の意義・信条に思いを馳せるようになった。仏教に帰依し,ひたすら無心に心身と仏道を身につけ精神性を高める修行を求める巡拝になった。勿論、真言宗の根本の教え,三蜜修行,お大師さまの心の実践は当然のことである。

(2)結果
16ケ寺の総距離350kmを8日<実質:7.5日>で歩き通した。(平均46.6km/日)
*早朝起き,宿泊先をAM6時前に出発します。日の出は6時20分頃ですので夜明け暗いなかライト持ち出発します。
*早い出発ですので朝食はなし。宿泊先でお結び1ヶ作っていただき,持参して道中でいただいた。
*全てを歩き遍路で通します。身体を休めるのはトイレ及び札所(寺)で読経している時です。
*前回のお遍路修行の時,あるお寺の朝勤行に一人参加した。感銘受けた説法に「仏法遥かにあらず 心中にしてすなはち近し」・・・人間の身体に仏が宿る。自分の心を見つめることで初めて,新しい可能性が開ける。お接待する心、それを受け取る心に仏が宿ると説かれた。今回の遍路行で仏の宿る出会いがあった。
*今回初めて旧遍路道「寺山道」<成山〜狼内>1.4kmを歩く。第38番金剛福寺→第39番寺延光寺へは6ルートがあり,その中の1つ「市野瀬〜三原経由」を選ぶ。このルートはクネクネ曲り,急坂登り車道の成山峠越えが印象にある。しかし今回,峠の手前に遍路道標示を見つける。畑仕事の方に聞くと山道で越える旧遍路道だと教えてくれる。整備されており,へんろ石と茶屋跡が残る。(参考:狼内側に三原村教育委員会のへんろ道の説明看板あり。保存協会地図には記載なし。)
*今回は8日間でデジカメで写真264枚撮りました。特に道中のお花は省略した。歩き遍路行に,依り集中しようと心掛けたと言える。
*歩き遍路行が体力的に厳しいと感じた日は10月23日<第5日目>です。3ヶ所の峠越え(柏坂峠・松尾峠・歯長峠)して,2ヶ寺お参りする総距離51.2kmを歩いた時です。夕刻PM6.00に宿に入る。苦行のお参りになりましたが,私が好む「行」が存在します。

 <付記>
弘法大師の御心にふれる厳しくも有難い祈りの遍路道を辿ります。俗界とは無縁な深山静寂で霊気漂う雰囲気が心地よく,佛心を呼び起こす世界が存在します。自分を見つめる贅沢な喜びに浸ることが出来ました。

私は遍路修行は「楽しみながら,心身を鍛えながら,仏道を極めて行くもの」と考え実践しています。

(3)思い出に残る出来事
*10月21日(第3日目)は,三原村宮ノ川にある<どぶろく特区>農家民宿「森本まる」に泊まる。宿主人の計らいで高知新聞社記者から,夕食しながらお遍路取材を受ける。特製の豆腐・里芋・漬物やイノシシ焼肉,自慢のどぶろくは辛口に仕上げた銘柄「桂」をいただく。甘さを持合わせ奥深い味である。酔いもまわり,お遍路についていろんなお話をした。翌々日(23日)の新聞記事となり,「ハマちゃんと歩く1200年目の88ヶ所:各駅停車と新幹線」の内容で掲載された。

          <添付>高知新聞に掲載された記事  


*10月25日<第7日目>に第45番岩屋寺を打ち,古岩屋荘から遍路道に入り,八丁坂に向かう分岐で雰囲気のある歩き遍路に声を掛けられた。「逆打ちしているが,第44番大宝寺へは左右どちらに行けば良いのか・・。」と尋ねてきた。「右に行くと良い」と教え,私も久万高原町で宿泊するので案内がてら掛け連れする。四国霊場・お遍路文化・歩き遍路など幅広く語り合った。話が弾みプライベートに触れた時,第58番仙遊寺の小山田住職であることを知る。有名な方でメディアによく登場する。以前,先達研修会で講演されたことがあり,見覚えのある人だとは薄々感じていたが・・・まさか山中の遍路道でお会いするとは・・・。10月12日奥様を亡くされたこともあり「お悔やみ申し上げます」と改めて挨拶する。奥様の供養で歩かれていることを知る。峠御堂トンネルを抜けた大宝寺口で別れる。この日は野宿すると言われ久万公園に向かう後姿が・・・淋しさを背負い耐えているようで・・・。無事結願され,元のお元気な姿でご活躍されますよう願ってやみません。

*10月25日<第7日目>,予約しておいた宿に夕刻PM5.50に到着。玄関の灯りも無く,ブザーを何度押しても応答なし。携帯も昨日から通じない。止む無く,近くの宿に泊りを申し込むが満室で断られる。暗くなり不安な気持ち,思案に暮れる。この時,犬の散歩で通り掛かったご婦人から,見かねて「私の家で良ければ泊ってください」と有難いお言葉。いわゆる宿を提供するお接待を受ける。考えた末,お世話になることにした。身元を証し,ご主人ともお会いして,広い部屋に案内される。遍路修行の経緯,四国霊場のこと等々を会話する。夕食とお風呂に与り就寝。翌朝AM5.50,丁重にお礼申し上げて出発する。初めて一般の民家に泊めていただく事になり,有難いお接待に与る。この感謝する心を大切に,さらに精進して遍路修行に励みます。

 <付記>
菩薩修行に六種あり。これを「六波羅蜜」と言う。その一つが「布施」。布施には有形と無形がある。無形に無財七施がある。その一つに「房舎施」がある。一夜の宿を提供するなど心での行いを施すこと。


*10月26日<第8日目>に巡拝した第52番太山寺は松山市内の中で最も大きく,格式高いお寺。本堂は入母屋造り本瓦葺きの国宝。境内は多くの参拝者で賑わい,香煙と読経が絶えない。国指定重要文化財である秘仏の御本尊「十一面観世音菩薩」の50年ぶりの御開帳であることを知る。しかも最終日であり,杖をひく人々は後を絶たない。境内で太山寺住職であり,四国八十八ヶ所霊場会々長をされている吉川住職を御見かけしたのでお話しさせていただく。吉川住職は「当寺の生まれでもなく,50年に一度の御開帳に巡り合うことに感慨深いものがある」と思いを語る。                                                                    
                                                以 上



思い出の写真

四万十町金上野

黒潮町不破原

黒潮町 土佐湾

土佐湾の朝日

入り野松原

四万十川

土佐清水市久百々

荒磯

大岐海岸

中浜万次郎像と第38番金剛福寺

足摺岬

第38番 金剛福寺

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大岐海岸

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第39番 延光寺

松尾峠へ

徳島大学 遍路講座の皆さん

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第40番 観自在寺

室手海岸の夕日

清水大師

柏坂へんろ道 つわな奥

津島町上畑地辺り

四国別格第6番 龍光院

三間町務田

第41番 龍光寺

仏木寺へ

第42番 仏木寺

第43番 明石寺

大洲市 肱川と富士山

四国別格第8番 十夜ヶ橋

五十崎 へんろ道

内子町大瀬

内子町上畝々

久万高原町宮成

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第45番 岩屋寺

お接待を受ける

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第48番 西林寺

第49番 浄土寺

第50番 繁多寺

第51番 石手寺

第52番 太山寺

第53番 円明寺
遍路道で見かけた花

アサギマダラと石蕗

ハス

コスモス

野菊